正しい木のこどもになるためのおぼえ書き

日々のいろいろを書き留めるまさに覚え書き

2008-08

授乳タイムに、何をする??

sukimakara2


私は幸いにも母乳がよく出てくれるので、赤ちゃんと暮らすようになってからの私の生活を例えば小学校の時間割表のような形に色分けしたら、「授乳タイム」(たぶんピンク色)が大部分を占めるのではないだろうか。ましてや、多くの母乳で育つ男の赤ちゃんの例に漏れず、うちのMも「おっぱい星人」で、授乳は頻回である。いまだに1,2時間おき、時に30分おき、なのだから。。。

しかし、授乳というのは、やってみてわかるが、容易に動けないうえに手が塞がって(慣れたら片手は使える、ただしシンプルな動きのみ)しまうので、ほとんど何もできず、ただ飲んでる子の顔を見つめるか、とりとめもないことを考えながら空を見つめるか、テレビやパソコンや携帯電話を眺めるか、要するに「飲み終わるのを待つ」というなかなか「真白」な時間なのだ。
いや、その間かわいい我が子はたくさん飲んで栄養やエネルギーや体力をつけているわけだから、けして無為というのではないけれど。

一日の時間割の大部分を占めるピンク色の時間、私は本を読んでいることが多い。本や、漫画や、新聞など、とにかく読んでいる。よく、赤ちゃんのお世話で何かをじっくりする時間があまりないように思われるのだが(実際あまりない)、片手で持ちやすい重さのものであれば、けっこういろんな本に没頭できると思う。
本は、好きとか嫌いとか以前にもう読むのが当たり前みたくなっているので、自然と授乳タイムも本になったけれど、これが侮れない。かなりかなり幸せな時間なのだ。続きが読みたくて次の授乳が待ち遠しいときすらあるしね。

じっくり本を読めるということは、たとえ現実がどんな状況にあっても、格別幸せな状態だと常々思う私は、ああ本が好きでよかったなぁ、と、本が読めてよかったなぁと、人生100度目くらいに感じ入る今日この頃です。

で、やっぱりアーヴィングは最高なのだ。









それから、唐突ですが…
さようならバカボンのパパ。かっこいい生き方ありがとう。

脱「産後」ちう。

natsunosora

いよいよ8月。暑い暑い。
週末には近所のあちこちでお祭りがあったり、花火大会があったり、夏真っ盛りやねぇ。

今年は、冷房にお世話にならないといけない夜がけっこうある。例年、暑さには強いと思ってきたけれど、Mとべったり仲睦まじい今年は、冷房なしではいられない。何しろ、背中の上から下まで、首から胸まで、ひどい汗疹にやられており、自分で見てもかわいそうなことになっている。当の熱さの源Mはけろっときれいな肌のまま…

Mは、6か月に入った。元気そのもの。
5か月から離乳食をはじめ、食べない時もあるけれど、まあまあ順調。同じく5か月に入ってから、母乳の免疫ががくんと減ったようで、Mは初めて風邪を引いたりもした。立て続けに2回。初めてのときは新米母はけっこう動揺したけど、2回目は冷静に対処できた。Mは今はまたすっかり元気。よく笑うし、話しかけるし、触るし掴むしと、だんだん相互コミュニケーションが親密になってきて、一緒にいるのが一層楽しい。いい子なのは変わらないけれど、喜怒哀楽がはっきりしてきて、「腹へったよー!」とふくれる顔が超かわいくて、しばしおっぱいは後回しにににこにこ見つめてしまう失礼な母である。

今年は何年ぶりかに帰省することになっている。夫の実家へ泊まったあと、私の父と落ち合って温泉に行く予定。さて、はじめてのMとの旅。楽しみな反面、どのくらい疲れるのか、違う環境でMはどうなるのか、未知数が多く、読めないので少し不安だった。荷物はすごいことになるだろう。最初は車を借りて、とも思ったりしたけど、夫が不安がったので(ペーパードライバー二人じゃね)やはり新幹線が固いとこだろうと。インターネットで、赤ちゃんを連れての帰省や旅についていろいろ調べたところ、なんでも新幹線には「多目的室」なるものがあり(ひそかに昔からあったらしいが、あまり知られていないようだ)、ほとんど誰も使わないので、授乳などはそこで貸切状態でできるらしい。その多目的室の近くの指定席を取っておけば、おむつを替える時も、ぐずったときも、いつでもそこに連れていけばいいのだ。なんて便利!おかげで、だいぶ気分が楽になった。Mはいくらいい子とはいえ、密室で大声出されたりはちと気を遣うものね。。。
そういうわけで、荷物は先に送れるものは送ってしまって、多目的室のある新幹線(東北新幹線は「はやて」)の券を取って、気楽に臨もう。こどもは母親の気分に左右されるのだから、私はeasy goで。

父はMにとても会いたがっているから、温泉旅行はいい思い出になるだろう。なんか、ちょっと親孝行っぽい。夫の両親も、産後すぐに会ったきりで、すご〜〜〜く会いたいだろうし。
Mのおかげで笑顔づくしになってきっと和やかに過ごせるに違いない。私も楽しくできるようにがんばろう。

部屋の4分の1を占めていたベビーベッドを片づけた。産後2か月くらいまでは一応使っていたが、使わなくなってもなんとなく置いておいたほうがいいような気がして、でも実は場所ばかり取っていた。
半年間ああでもないこうでもないとやってきて、なんだか「これはこうでなくちゃいけないらしい」「これはいるらしい」という、見よう見まねがだんだん減って、自分の、うちのやり方を身につけていくようで、すごくすっきりした。部屋も広くなって、すご〜くさっぱり。
何でも自分のやり方でことをすすめるのが一番疲れないよね。

半年。M、よく生き延びて育ってくれたなぁ。私もおつかれさま。

さてさて、これからもいろいろがんばろうっと!

授乳中に大笑い

月一更新も怪しくなってきてるところに、まさに異例ですが、先ほどマジなことをマジに書いて疲れたからほっと一息。

夫が見つけてきた漫画、授乳中に読み始めたら激しめの笑いがこみ上げて抑えられないので、Mが怪訝な顔で見上げます。。
巷では大人気らしく、紹介するまでもないんだろうけど。
「聖☆おにいさん」というタイトルなんですが、これは電車の中で読んだらキケンな類で、現在2巻まで出ているが、1巻も2巻も笑いが止まりません!
ワタシテキには、仏教に親近感を抱いているし、手塚治虫のブッダを長年愛読していることもあり、ブッダかキリストか、と言えば、ブッダがどうしようもなくツボ。爆笑するのはブッダの箇所ですね。
キリストの「アガペー」ネタもかなりのものですけど。。。

2巻の帯についているブッダお手製Tシャツプレゼントに応募しようかと一瞬まじで考えました。はは。

キリストとブッダを主人公にしようなんて、思い切ったアイデアだなぁ、しかし。

最近忙しい友人に、癒しグッズとして強制的に送りつけようかと思ってます。気になる方、ご一読あれ。

聖☆おにいさん 1 (1) (モーニングKC)聖☆おにいさん 1 (1) (モーニングKC)
(2008/01/23)
中村 光

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同作家の「荒川アンダーザブリッジ」も気になるところ。。。

もっと正しい木のこどもになるために

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ここに書くのは久しぶり。Mは明日で半年だ。5か月に入ったときに離乳食をはじめ、今ではけっこうな量を食べるようになった。すこぶる元気。
Mのことをもっと書きたいが、今日は別のことを書くつもりだ。あまり時間がないから、早々に始めよう。

親になって、自分が今までいた家族のことをより考えるようになった。
ほかの誰もと同じように、うちにも問題がいくつか、いや、たくさん、というか、大きな幹のような問題から派生し枝を伸ばした問題がたくさんある。

ここで、うちの家族の問題をだらだら説明するつもりはない。ただ、私は、自分の決意を、書きたいのだ。そして家族に対して渦巻くさまざまな複雑な感情を、少しならずとも冷静に整理できればいいと思う。少々、書き方が硬くかしこまってしまうだろうことは仕方ない。

事情を知る第三者からみた、うちの家族は、こんなところだろう。
あまりに長く病気を抱えたためか思い切ったことができなくなってしまった息子と、それを自分のせいだと全面的に甘受し息子にぴったり寄り添い自分の自由がまるでない母親、問題すなわち自分の息子を恐れるあまり妻に丸投げし、自分はちょっと離れた周りをうろうろしながら、息子に妻を取られた不平をいいながら、自分からは何もしようとしない父親。全員が、現状に甘んじて、ことを荒立てることを避けまくって生きている。そして、そんな家が窮屈でたまらなくなり、実家を逃げるように出て、距離を置き自分の人生を生きることにした、「一抜けた」の娘。それが私。

こんな風に自分の家族のことを、冷静に、むしろ辛辣に見ることができるようになったのは、ここ最近のことで、それも皮肉にも、私の出産のときに、母親は結局来てくれなかった(夫の母が一週間来てくれた)のだが、そのことが思いのほかショックで(思いのほか、というのは、私が「来なくていい」と言ったのは確かで、その時は弟が母を離さない事情はわかりきってることだったので本当にいいと思っていたのだ)眠れない夜など、頭の中に浮かぶのはそのことで、考えを巡らせているうちに、はっと、「私が病気で死にそうな時すら来てくれなかった」と思い至り、そのことは、あまりに傷つくことなので自分の中で無意識に「見ない」「気づかない」ようにしていたことだったのだ。気づいていたけれどそれについて何かを感じたり考えたりすると、おそらく病気が余計にひどくなるだろうと自分で自然にセーブしていたのだろう。自己防衛の本能とはすごいものだと思うが、まさにそうなのだ。

そのことが、病気がよくなり、薬なしでもやっていけるくらい物事に対処する強さが身に付き、こどもを持って日々いろんなことを考える今、ようやく浮上したということなのだろうと思う。ここいらできちんと向き合わないといけないよ、と。

物事を冷静に捉えようとする自分と、「お母さん、私の出産のとき、なんで来てくれなかったの?」「お父さん、病気の時、なんで来てくれなかったの?」と深く傷ついた子供のままの自分がおり、眠れない夜には、二つがせめぎあって、困る。
夫とこの話をするとき、私があたかも自分を弁護するように親のことを「私が来ないでいいって言ったからね」というと、病気だった私と、文字通り二人三脚で地獄を抜けてくれた夫は「子供はいつだってそう言うよ。親って、それでも来るものだろう?」と言う。
そのとおり、私も同感なのだった。どんな事情があったって、自分の子供がピンチだったら、何もできないとしてもとりあえず顔を見に飛んできて、夫の言葉を借りれば「俺がなんとかするから心配するな」と言葉をかけるのが親だろうと思うのだ。だから「こうだったから」「ああだったから」などとうちの両親を弁護する言葉を見つけようとするのは、もうやめる。反対に、親が、してくれなかったことについて、責めることもやめるべきだろう。心の中で、ひそかに責めるのを。責めたり怒ったりするくらいなら、今の暮らしをもっと幸せにすることをもっと考えるべきだろう。

父も母も弟も、善良で、一般的にとても感じがよく他人から好かれる人たちだ。だからって事実は事実で、でも、その事実は過去のもので、終わったことで、それについてああだこうだ言ったって、何も始まらないどころか、怒りやら悲しみやら、マイナスの感情が強まるばかりだ。
私には、父親にも、母親にも、弟にも、言いたいことやぶつけたい感情が山ほどあるのに、その10%くらいしか言わない。私には負いきれないものと立ち向かう自信など、力など、ありはしない。私は、自分が見つけて自分で作った家族と、もっと幸せになるためなら努力は惜しまない。息子を助けるためなら何でもする。けれど、逃げてきたものにもう一度立ち返るエネルギーは、はっきり言って、ない。
それははっきりわかっていたから、自分は責任を負えないから、と、不用意に言いたいことを言うのを抑えてきたのだ。
だが、夫とのこの問題についての数回にわたる会話で、そうだから逆に、責任を負えないからむしろ、「とっても無責任になって」言いたいことを言うべきなのだろうか、という気がしてきた。

それには、あの3人に対してのこのぐちゃぐちゃした感情を、さっぱりさばさばしたものにしなければならないと思う。それが一つ目の決意。
たぶん少し、時間がかかるだろう。

それから二つ目は、夫が再三私に言うように、私はもっと自信を持つべきだろう。私は病気がどんなにひどい中でも、治ろうとし続け、あきらめずに前を向き続け、治ったのだ。私を治したのは、医者でも薬でもなく、正真正銘この私自身だ。そのことをもっと自覚し、誇りにするべきだろう。「なんか治っちゃったんだよ」的おちゃらけ態度はまさに無自覚の現われ。そして、辛い思いをしている弟に、自信を持ってアドヴァイスをし続けていけばいいのだ。弟だって、よくなりたいはずなのだ。

三つ目。私は、息子がこれからどんな風になっても、かわいくなくなっても、思い通りにならなくても、絶対に見捨てたりなんかしない。
母は、あんたがピンチになったら、どこにいたって、飛んで行くからね。容赦は、しないぞ。

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つよくならにゃーな。

drunken sky


5月もおしまい。もうすこしで梅雨前線がやってくる。
かっこいい空の写真は、夫お得意の「酩酊撮影術」により撮影。

このブログで息子息子いうのもちょっとオカタイので、HNらしきものを考えてみようと思うのだが。何がいいだろう?

あっ、息子はほっぺが落ちそうにふっくらで、まるでそら豆みたいな顔形をしているから「そら豆くん」?
オイオイ。
「そら豆ちゃん」
いやいや。
なんとなく長新太の「キャベツくん」「だるまちゃん」みたいだな。そう考えればかわいいけど。なんとなく、なし。

そら豆、空豆、直訳するとスカイ・ビーン。


Mr.スカイビーン
なんでミスターつけたんだろ?
じゃ略して、、SB?
カレー粉などでお馴染みS&B食品?

じゃあ、スカビー?
ウルトラマンシリーズに出てきそうな小さい怪獣の名前みたい。
ぜんぜん強くないタイプの。愛されキャラの。ブースカの弟ですってか。

うーん。


なんとなく空豆を音読みして、クウトウ?
くーとーちゃん。


かなりひねったわりにちっとも良くない。

もー面倒くさいからイニシャルを取ってMでいいや(ええっ?!)


私の思考回路はたいていこうしてさんざん回り回ってすご〜くフツーに返る。ブーメラン方式。
息子はMで。よろしくです。

やっと本題。
Mは、順調に育ち、今のところ問題はほとんどなく、またかなり良い子で、私を困らせることは少ない。
性格がけっこう穏やかなためか、友人から、「お坊さんみたい」「達観した顔つき」「目力つよし」などと、どうも仏教的な印象があるらしい。しかしながら当然ながら、本人はそんなこと我関せずで、毎日自ら脚を鍛えている。まだ4か月の赤子のくせに、首も完全にすわってないし、腰なんてふにゃふにゃのくせに、この早熟な子は、地道な段階をすっ飛ばして「歩きたい」らしいのだ!
おかげで、毎日嬉々として足を踏み出す息子の身体を、汗をかき膝を痛めながら支えてやる母である。ああ、母は強い、のか?

「母は強し」とよく言うが、こんな私でもすこ〜しは逞しくなったと自負もしているが、いかんせん母親業若干4か月ちょい。まだまだ打たれ弱いのだ。Mにもよし自分にもよし、ということで毎日散歩に出かけるのだが、2週間に一度の割合で、あの、ひどく落ち込んだときに人が使う顔文字(絵文字?)
orz」や、
○| ̄|_ 
↑こんな、普段からしたら若干おおげさで漫画チックな姿勢が、むしろぴったり!という、笑っちゃうほどへこたれる心境になることがある。笑い泣きするほど。

ある日は、抱っこ紐でMを抱えて片手に開いた傘、片手に大荷物を持って道を歩いていた。信号を渡ったあと、何を思ったかバランスを崩し、その拍子に夕飯のおかずが濡れた車道にばらまかれ、ショックで立ち尽くしたいところをぐっとこらえて冷静を装い、周囲の車にぺこぺこ謝りながら濡れた食品を拾い集めるの図。
ある日は、ベビーカーとMを抱えてスーパーの階段をえっこら上り、階段の中ほどで物を落としたものの、何しろ階段の途中なのでベビーカーをその辺に置くこともできず、どう拾ったらいいかわからず、しょうがないからいったん下まで下りてベビーカーを置き、今度はベビーカーなしでMを抱えながら階段を上って無事物を拾い、当然のごとく再び下りてベビーカーを担ぎ直し、またえっこらえっこらと上り、上りついた時には汗だくで購買欲など失せていたの図(なんてまどろっこしい文章)。
ある日は、Mを抱えて長時間歩きまわって、帰る前に甘いものを口にしないとうちに辿り着けないというほど疲れたので、お行儀悪いけどバスの中で食べようとタイ焼きを買って、バスの唯一空いていた最後部座席にようやく座ろうとしたら、ちょっと運転の荒いバスがカーブを曲がった遠心力でMもろともよろけて、まだ口も付けていないタイ焼きを手でべちゃっと潰し、体はMの上に乗りそうになり、びっくりしたMは泣き出し、しょうがないから結局タイ焼きもなく立ちっぱなしで引き続き遠心力に足を踏ん張りながらバックミラーを睨みつけ、運転手に向かって無言の抗議を送るの図、etc.,etc...
嗚呼、母の試練。周りの目なんて気にしてたら苦しさ倍増なのでこの際気にしなくなったものの、やっぱり○| ̄|_
聞くも涙のエピソードばかり…

Mは別段大きな子ではなく、まだ6キロ。それでしんどいしんどい言って、この先どうするんだ〜?と思うが、言わせりゃ6キロだろうが4キロだろうが重いのだ。だからといってもちろん置いていくわけにはいかない。自分が動きたい限りは、どうにかしてこのヒトを運ばなくてはならない。ということで、普通は「やっぱ車っしょ〜。やっぱファミリーカーっしょ〜。ベビーシート買った?」なんつって、みんなは車に走るわけで、「こどもができたら車がないとやっていけない」というのは通説らしいという話は合点がいかないでもないわけだが、エコロジスト、じゃなくてひねくれ者、というか前世はきっと貧乏者、の私は普段は
「マイカー?あほか。排気ガス撒き散らさなきゃ動かないなんてダセーゼ。そんなものにうん十万もうん百万も払ってたまるか。東京は電車と公共バスで十分事足りるのさ」
などと嘯いているのだが、これからの季節、重いだけではなく「暑い」が加わり熱い体のMと密着せねばなるまい状況ではさらにしんどいことを思うと、弱音を呟けば、
「重くて暑いなんて絶対つらいから、ときに車のひとつもほしくなることもある。」
それは認めよう。
しかし、しかし。しか〜し。どうせ車を買ったって、今までの面倒は軽減されても、車ならではの別な面倒やストレス(や危険)があるに違いないし、どうせおっちょこちょいの自分のことだから、今と変わらずヘタこき続けるに違いない、それどころか笑えないヘタをこいてしまうだろうと思い恐怖に震える、から、やっぱ車は、いらねぇ。

母は強くならねばならないから強くなるのだった。
(少女マンガとか昔のドラマに出てくるような、花が似合う「か弱い母」もいいんだけどなぁ)

愛し合ってるかい?

kirekabu2

息子と初めて大きな公園に行った日。木たちと触れ合った日。


5月。母親になって3か月。まだ3か月?と思う。息子とは、もうずっと前から一緒に生きている気がする。ってか、このヒトまだ3か月??笑ったり泣いたり奇声を発したりと、赤ちゃんらしい中に、なんだかびくっとするような大人びた表情をするときがあって、びくっとする。マタニティスイミングの先生に「赤ちゃんはママの気持ちは何でもお見通し。嘘はつけないよ〜」と言われ、そういえば、と思い当たるふしありありです。ちなみに、この先生は、フリーの助産師さんで、この地域ではかなり有名な方で、その活動は多岐にわたり、とにかく妊婦とママの応援をしてくれる、スーパー・パワフル助産師さんなのだが(その先生とマタニティスイミング仲間のことは、また別に書きたい)、まだ何も慣れなくてうつっぽくて辛い時期に、電話をいただき話を聞いてもらったことも。電話越しのあの元気な声で、「○○ちゃん、だいじょうぶ〜〜?つらかったらうちに行って肩こりマッサージでもおっぱいマッサージでも、何でもしてあげるわよ〜」と言われただけで、私はヒデキ感激、マエムキちゃんになった次第。とにかく、すごい人なのだ。
話がそれてしまったけれど、息子は私が泣いていたりすると(夫によれば私はとても母親らしくなったらしいが相変わらず泣き虫である)、非常に慈悲深い眼差しでわたしを見つめる(慈悲深い眼差しって、こんな眼差しか!)そんな時は、まるで、立場が逆転し私がこどもになったような気持ちである。ふがいない母親です。一方の息子は、夜中の授乳後などに、ボブ・マーレイばりに片手を高く突き上げ「わしゃ無じゃ!」となんとも意味深い言葉を放ち、たちまち寝入るなど、非常にこれ浮世離れし、常人離れし、己を達観しているらしいのだ。いやはや赤ん坊という生き物は俗人には計り知れない。恐れ入りました。

3か月、最初は本当に大変だったけど、2か月くらいから肩の力が抜けてきて、楽しめるようになり、それからは大変なことより、面白味や楽しいことのほうが大きくなった。何より、息子がかわいくて仕方ない。目に入れても痛くないほど、と言うが、こんなにかわいい子をなぜ目になんか入れなきゃならないのかはなはだ疑問なほど親ばかである。

かつて二人で生きてきた夫と私はこれまでだいぶ勝手をしてきた。これからは、息子と三人で、さらに勝手に生きていく。たくさんの夢を抱えて、愛に溢れ、自由を追及するのだ。自分たちのルールで。「そこに愛はあるのかい?」と問いながら。

ええ、本気ですとも!

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Author:kepkepzoo
1月も終わるころ、息子を出産しました。

週一どころか、月一どころか、隔月か?というくらい気ままに更新です。コメントの返事が遅れることもあると思いますが、ご了承を。

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